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レジデントブログ

翻訳に限った話ではありませんが…
2020.12.17


翻訳作業は実にさまざまなことを考えながら行いますが、その割に私の脳は局所疲労に苦しんでおります。体を使った作業であれば同じことの繰り返しはあまり苦にならない一方、頭を使う作業だと別の領域を使うことが案外リフレッシュになったりします。(ただし肉体的な重労働だけは例外で、モヤシにも金属と同じく加工硬化は起こります。すぐ「疲れた」とボヤく、タメ息が増えて周りの人に不快な思いをさせるなどの一見怪奇とも思われる現象が起こるのはそのためです。)なにはともあれ、ブログを書く作業は片方に載せすぎたおもりの一部をもう片方に載せ替える作業に近いものがあるかもしれません。


 


いきなり翻訳のことなんか書いて失敬ですが、文章の論理構成はきちんと練った上で書かないと実に読みにくく、結局何が言いたかったのかよくわからない内容になってしまう危険性を常に孕んでいるような気がしています。そんなことを言ってみると、「きちんと練るのが大事なのは翻訳も同じなのかもしれない」ということに思いハッとするのですが、正確に伝わる翻訳を行う技術は単に母語と外国語を理解できるだけの状態からさらに一歩先を進んでそれ以上の心配りが必要であることを考えると、こういう専門的な能力はやはり学校でコースを履修するのがいちばんよいのかなと思っています。ただやはりそれが可能になるのも一連の騒ぎが収束するまでおあずけになるのは言うまでもなく、しかも私は実際にスーパーでモヤシが売られている価格と比較するのがいちばんふさわしいと思われるくらいの量の資産しか所有していないことから、教育資金の準備にも時間がかかることになろうかとも予測しています。少額のことをよく「雀の涙ほど」と表現しますが、モヤシというのも涙を誘う、実に華のない哀しい野菜であることを私は痛感します。新鮮なうちはシャキシャキしているのですがそれも刹那的で、だからといって某有名歌手の方が歌う春の花のような散りゆく美しさもなく、ただナヨっと水っぽくなるだけですから実に性質の悪い野菜と言っても差支えないものと思われます。


 


前置きが冗長になった、というよりも前置きが今回の投稿の結構なウェイトを占めそうな気がしますが、「気がする」なんて言っている時点でまだ論理構成を決めていないのがバレバレで、やっぱり何も考えずに書き殴った方がよいのかとか要らんことをいろいろ考え始めるとまたもや例外なく如何ともしがたい気分に悩まされることになります。筋道を立てて話せない私のような人間は仕事も出来ないことが多く、物事をうまく進めるために先人たちの努力で培われた「形」とか「決まり」を知らない、もしくは知っていても無視して自己流を貫くというのは悪い結果しかもたらさないのだということを最近やっと自覚しつつあります。独善的な私はどちらかというと無視して自己流を貫く、噴飯者(これは今思いついた造語)ですので、ときどき生きているのが恥ずかしくなります。なにはともあれ私の日本語運用能力は一般の成人に比べて恐らく低く、これが成人してから身につけた英語ともなるとその運用能力はさらに低くなるのは当然必至ですが、ただやるべきことがやっと、うっすらとですが見えてきたような気もしています。


 


ほんとうは書きたいことは山ほどあります。(こんなことを言う輩に限って準備不足なのは世の常です。鼻息だけは一人前とはまさにこういうことを言うのでしょう。)ただ書きたいことを全部一度の投稿でまとめるとカオスになることは、さすがの私でも想像がつきますので今回はこの辺でやめにしておきたいと思います。でも写真は載せることになっていますので、やめにする前に最近読んだ文章を2つ紹介しようと思います。



「文学界」の方は去年の投稿でも触れたブレイディみかこさんが共感能力について書かれており、気になって購入しました。「伊豆の踊子」は恥ずかしながら初川端作品で、非常に美しい話でした。内容については、別の投稿でお話ししたいと思っています。


 


なぜこんなに寒いのか分かりませんが、自戒の念も込めてあまり油断しないように、皆様もどうかご自愛ください。


投稿日 :
2020.12.17
投稿者 :
Tamaki

著者プロフィール

今年29歳になりますが、大学を卒業したのは25歳、就職に至っては27歳になってからというとんでもない遅熟児(遠藤周作の造語)です。

社会に揉まれていないMan childだなとよく揶揄されますが、実際のところの性格はナヨナヨした見た目通りで、事実そうであることも自認しております。「大人」「成熟」「貫禄」「成功」、実にどの一つの単語をとっても自分に似合うと思えないのが悔しくてなりません。

The Smiths, Radiohead, Nirvanaみたいな陰キャラかつフェミニストよりなバンド音楽が好き。それでいて伝統的な価値観に基づいた「男らしさ」の偶像、そしてそれに対する憧憬を全否定することのできない、実に扱いにくい迷子です。

在英経験もあります。結果的に独善的な性格を形成することになってしまいましたが、語学だけは一定期間で人並みの上達が出来たのではないかと思っております。換言すれば、それ以外何一つ社会に有用な能力を持ち合わせていないということにはなりますが・・・。

南流山の皆様は優しいので、こんな歪な僕でも暖かく迎えてくださいました。

心の支えとしての日常や、この土地の魅力を僕の拙い文章と乏しい語彙で、少しでも伝えていければ幸いです。