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レジデントブログ

人生に降ってきた羊のこと
2020.12.31


他愛もないことを書くのもたまにはよかろうかと思います。先々週の日曜日にハウスの方におすそ分けいただいた子羊の肉は、失礼千万なのを承知ですが私の口には合いませんでした。羊の肉は在英中に初めて口にした時からどういうわけかあの独特のにおいが好きになれなかったのですが、英国の肉は基本的にどれもにおいますので、それならば日本で羊肉を食えば案外おいしくいただけるかもしれないと考えておりました。ですがやはり羊の国籍を問わず彼らの肉は受け付けませんでした。その日私は別の方が焼いてくださった鶏肉を羊肉のかわりにいただき、その後のクリスマス、年末と続き、私は羊以外のものを皆様に作っていただき、それを図々しくもいただいてばかりいます。とはいえ私からのcontributionはゼロではありませんので、哀しいアピールのためではありますが拙作の餃子の写真でも載せようかと思います。もちろん自分が食べる分でもありましたので、羊の肉は一切使用しておりません。


 


この世に生を授かってから食べられないものはないと信じ、それを豪語していた時期もありました。しかし今回の件で羊肉だけは個人的に禁忌であることが発覚しましたので、今後はそれをおいしく召し上がっていただける方に道を譲ろうと思います。そうでもしないと肉にされた羊たちがなんともまあ、浮かばれないような気がしてなりません。私は羊とまむしの間をとって地元名物ひつまむし...ではなくひつまぶしをいただきたいところですが、こういう絶対的に面白くないことしか思いつかず、なおかつ性質の悪いことにそれを言わないと気が済みません。こんなくだらない輩には一週間くらいモヤシだけの生活を強制し、無理にでもひもじい思いをさせないと食べ物のありがたみなど分からないんでしょうね。私なんかに「まずい」と拒否された肉の主である羊のことを考えると、やはりどう考えても浮かばれませんし申し訳ない気持ちでいっぱいになります。


最近ことあるごとに羊のことを考えるようになったのは、改めてその肉を食べてみたことだけに端を発しているわけではないような気がしています。比較的新しい入居者さんからはオーストラリアやニュージーランドの羊の話を聞き、羊の出てくる村上春樹の作品を再び読み始め、またその村上作品中の羊を連想せざるを得ない名を名乗る若手新人バンドの音楽を聴き始め、果てにはなんの脈略もなく突然「ひつじのショーン」のことを思い出したりしています。愛玩対象として羊が好きかというとそんなこともないのに、なぜ自分の頭の中でこんなことが起きているのかが不思議です。


村上作品に関しては、以前に比べるとまだ楽しむ余裕が出来てきたような気がしています。というよりも、村上春樹が嫌いな自分を以前よりも嫌わなくなったのがきっかけでスイッチが入っただけなのかもしれません。ひとつ間違いなく言えるのは、村上作品に出てくる登場人物(および羊)に対して決して良い第一印象を抱かない私のような人間は、どうも好き嫌いで作品の良し悪しを判断してしまう傾向があります。村上作品をいちばん理解出来ていない私のような人間が彼(とその作品に登場する羊)をいちばん軽蔑しているのは甚だ滑稽としか言いようがありません。なにはともあれ、好むと好まざるとに関わらず羊との不思議な縁は村上作品に限ったことではありません。


こんなことを言うと異論が噴出しそうで、かつあくまでも非常に無学かつ主観的な感じ方でもあるのですが、音楽は文学と比べるとよりプリミティブで、かつ分かりやすいのかもしれません。(いや、インフラは双方ともに同じくらい整ってるし、実際はそんなこともないのでしょうが...)でも「羊文学」たる名前がついたそのバンドは、まず名前に目を引かれ、一聴したら心を掴まれ離してくれなくなり、結果的に彼らのレコードを買い漁ってしまっています。衝動買いというのは原始的な欲望が刺激された際の行動だと思いますが、もうここまで行くと魔法にさえかけられたような気がしています。ちなみに本人たちによるとバンド名は村上春樹に関係ないとのことですが、自分は羊によってこの音にいざなわれたのかもしれないと考えると、気持ち悪いのは百も承知なのですが頭の中でほくそ笑みたくなります。でもたいして好きでもない羊が大好きな音を呼んでくれたのが仮にもし本当なのだとしたら、少し恐ろしくもあります。



果たしてこれらの羊の連鎖が、脳内の連想が成した偶然なのか(そんなことはそもそも偶然とは呼ばないのでしょうが)、それとも誰だかよくわからない神様からのお告げなのかは分かりません。もしかしたら、来年は羊に救われるかもしれませんし、はたまた羊に呪われるかもしれません。他愛もないことを書くのもたまにはよかろうかと思います。みなさまよいお年を。そして引き続きご自愛ください。


投稿日 :
2020.12.31
投稿者 :
Tamaki

著者プロフィール

今年29歳になりますが、大学を卒業したのは25歳、就職に至っては27歳になってからというとんでもない遅熟児(遠藤周作の造語)です。

社会に揉まれていないMan childだなとよく揶揄されますが、実際のところの性格はナヨナヨした見た目通りで、事実そうであることも自認しております。「大人」「成熟」「貫禄」「成功」、実にどの一つの単語をとっても自分に似合うと思えないのが悔しくてなりません。

The Smiths, Radiohead, Nirvanaみたいな陰キャラかつフェミニストよりなバンド音楽が好き。それでいて伝統的な価値観に基づいた「男らしさ」の偶像、そしてそれに対する憧憬を全否定することのできない、実に扱いにくい迷子です。

在英経験もあります。結果的に独善的な性格を形成することになってしまいましたが、語学だけは一定期間で人並みの上達が出来たのではないかと思っております。換言すれば、それ以外何一つ社会に有用な能力を持ち合わせていないということにはなりますが・・・。

南流山の皆様は優しいので、こんな歪な僕でも暖かく迎えてくださいました。

心の支えとしての日常や、この土地の魅力を僕の拙い文章と乏しい語彙で、少しでも伝えていければ幸いです。