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レジデントブログ

I eat my friends
2021.07.12


個々人に対する向き不向きを考えると、ヴィーガニズム(完全菜食主義)については常に是非が問われるべきかと思っています。英国のアーティストの中で五指に入る私のフェイバリットであるモリッシー氏は、過去に彼の菜食主義を前面に押し出したこんなデザインのTシャツを着ていたことがあります。


書く人間が弱音など吐くべきではないのかもしれません。村上春樹氏がなぜ、若いころいかに大変だったかを語るのが好きではないと言うのか、私にはまだ理解できません。でも6月に記事をふたつしか投稿しなかったのは、私が疲弊しきっていたからとしか言いようがありません。


ヴィーガニズムと個人の疲れというふたつの全然違うトピックについて書いてしまうあたり私の脳内(および部屋内)がいかに整理が行き届いていないか察せられてしまうと思うと恥ずかしい限りですが、頭が悪いのは生まれつきなので死ぬまで治らないものとしてあきらめております。


菜食主義について、確かに私などの乏しい知識で判断するのはおそらく最も危険な行為であることは自覚しておりますが、動物がかわいそうという感情的な議論を抜きにしても利点があるという立場でおります。肉食や水産資源の乱獲が地球に与える悪い影響を減らせるというのが、低スペックの私の脳みそで思いつくいちばん安直なアンチ意見かと思います。


ただやはり、菜食主義を貫いていると摂れない栄養素もあるようです。そうなると最後には箱館で屈した土方歳三のようになってしまいかねません...という例えは極端かもしれませんが、少なくとも動物性のものを摂らないことが個人の幸せには行き着かないケースも看過できないとも思っています。私個人に関して言えば、友人である動物たちを糧にして命をつなぐ選択を取っております。6月は疲れが酷かったのもバランスの悪い食事のせいだった可能性も十分に考えられるのです。


余談ですが、土方歳三には男性特有のタナトスを感じます。その一方で、人間に食べられる前提の動物にそんな考えがあるとは思えないので、肉や魚を食うという行為に対してどうしても躊躇する気持ちが沸き上がってしまうのが実情です。地球が終わりに向かっていようが、私たちはやはり結局ダンスし続けなければいけないのでしょうか。


投稿日 :
2021.07.12
投稿者 :
Tamaki

著者プロフィール

周りの人間が順調に自立して自活できる大人になっていく一方、私が大学(学部)を卒業できたのは25歳、まともに就職した時に至っては27歳になっていました。「遅熟児」という遠藤周作の造語がありますが、そもそも大人としてきちんとこなせることが一つもない私は青い実のまま腐っていく運命にあると思っています。汚らわしく醜いオコチャマ状態を30歳を目前にしてもなお脱せていないわけで、時々本当に生きていていいのかと疑いたくなることもあります。

だからこそThe Smiths, Radiohead, Nirvanaのような音楽の歌詞は沁みます。それでいて伝統的な価値観に基づいた「男らしさ」の偶像、そしてそれに対する憧憬を全否定することのできないのは、私が実に扱いにくい迷子であるということは一応自覚しています。

かっこつけでイギリスに住んでいた時期もあり、語学だけは一定期間で人並みの上達が出来たのではないかと思っております。でもこれも裏を返せばそれ以外何一つ社会に役立つ能力を持ち合わせていないということで、要は使いにくい役立たずでいることに甘んじてきた代償を私には払う義務があるということです。

人によっては僕に生きている価値などないとおっしゃる方もおられると思いますし、正直私も少しそう思っています。でも南流山の皆様は暖かく迎えてくださいました。文章は拙く語彙は乏しいですが、心の支えとしての日常やこの土地の魅力が少しでも伝わればと思います。