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あたらしい共有について 第9回

コラム9イメージ

バルセロナの公園は、夏の夜になると巨大なステージとスピーカーが組み上げられて、ちょっとしたフリーフェスが週末に開催される。映画が上映される公園もあれば、皆で飲み物を持ち寄って、自前居酒屋になる公園もある。近隣のバーに入れない人が溢れて、公園がバーやカフェの延長のような場所になってしまうこともあるし、地元のサッカーチームが勝てば、公園で知らない人たちが肩を組んで歌を歌っている。「夜の公園」は、大人たちだけの特別な場所なのだ。

公園とは、その名の通り「公衆が憩いまたは遊びを楽しむために公開された場所」だったはずだが、日本では、いつの間にかに規制が増え、気がつくと「健康的な場所ではなくてはならない」と暗黙のルールが取り決められているように見える。したがって「夜の公園」は無人の上に、気味が悪いと感じる事もあるほどだ。

先日訪れた香港の夜の公園では、繁華街に近い事もあって、ちょっとしたスピーカーとDJがセンスの良い曲を流し、フリーパーティが開催されていた。近隣のバーやコンビニで飲み物を買ってきて、フリーラウンジのように楽しむ者もいれば、踊りだす者もいる。モチロン、公園でダンスすることに規制はない。景気が良い香港に移り住んできた欧米人がはじめたイベントのようだが、いまでは定期的に開催されているという。

これは世界を回っている僕の感覚でしかないが、真夏の週末の街のど真ん中の夜の公園が面白ければ、その街は面白いのではないか、と法則のように各地を訪れるたびに感じている。翻って、東京の都心にある公園の夜は、いかがだろうか? 国際競争力とも観光立国調査とも異なる、僕独自の指標「夜の公園遊び力」は、勢いある街の指標として、あながち間違っていないと感じている。

高城剛

1964年葛飾柴又生まれ。日大芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」グランプリ受賞後、メディアを超えて横断的に活動。著書に『「ひきこもり国家」日本』(宝島社)、『オーガニック革命』(集英社)、『私の名前は高城剛。住所不定、職業不明。』(マガジンハウス)などがある。自身も数多くのメディアに登場し、NIKE、NTT、パナソニック、プレイステーション、ヴァージン・アトランティックなどの広告に出演。総務省情報通信審議会専門委員など公職歴任。2008年より、拠点を欧州へ移し活動。現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍。ファッションTVシニア・クリエイティブ・ディレクターも務めている。最新刊は『時代を生きる力』(マガジンハウス)を発売。

www.takashiro.com

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