かくして所謂大型連休が始まりますが、私の筆は一向に進みません。書き手としていちばん書いてはならんことなのかもしれませんが、考えれば考えるほど筆が全く進まなくなるのはやはり読んでいないからなのかもしれません。部屋に積読が多すぎます、と言いたいところなのですが、実のところニッチな分野でなら、前回投稿した時から今までの間にいくつかの著書を読んでいます。そのことについて意見を述べることも出来なくはないのですが、相当に根の深いテーマであり、今の時点ではまだ考えがまとまっていないためどうも腰を据えて書く気になれません。実際のところ私の記事が誰の目に触れているかは私は知りようがありませんが、インターネットという不特定多数の人に見られる場所に編集なしで投稿するからには、自らの発言にそれ相当の責任を持つ必要を感じています。(自分の過去の投稿を読んで、こいつ何を言ってやがるんだと思うことは今に始まったことではありません。)
確か前々回の投稿でカズオ・イシグロの最新刊が郵送されるのを待っていると言ったかと思いますが、私の勘違いであったようでこちらの方は国内から、その翌日に届きました。イギリスからひと月かかって送られてきたのはもう一冊の方で、ウィリアム・バロウズの「裸のランチ」(原題: Naked Lunch)でした。上にも書いたように積読が過ぎますし、「裸のランチ」の方は一ページ目から難解さが伝わってくるので、両方とも読み終えるのにどれほどの歳月を要するか皆目見当がつきません。今回も谷崎の細雪のときそうしたように、二冊ともゆっくりと、ゆっくりと時間をかけて楽しみながら読み進めていこうと思います。いや、その前にジョージ・オーウェルの1984年をまず何とか読み終えるべきなのかもしれませんが…。
カズオ・イシグロの最新作、「クララとお日様」(原題: Klara and the Sun)は、いつものように他の積読と同時進行のためまだ最初の数ページしか読めていませんが、非常に面白いです。このひとつ前の作品「忘れられた巨人」(原題: The Buried Giant)は帰国直後に地元の図書館で翻訳版を読もうとしましたが、眠かったのか私には難しすぎたのか、はたまたその両方だったのかすぐに読むのをやめてしまいました。とりあえず久々にまとまったオフ・デイがいくつかありますので、読みたかった本を読み、観たかった映画を観て過ごそうと思います。
唐突な話で恐縮ですが、消費それ自体は悪ではなく、消費する人間の心がすさんでいることの方が問題であることに気づいたのはごく最近で、やはり自分は馬鹿だったことを再認識せざるを得ませんでした。「胃痛のときに胃の存在がはじめて意識されると同様に…(以下省略。気になる人は調べてみてください)」と言ったのは三島由紀夫ですが、私のような馬鹿は、普段健康で文化的な最低限度の生活がまあ何とか出来ていることへのありがたみでは飽き足らず、その健康で文化的な最低限度の生活を完全に失ったときにはじめてそのありがたみに気づき、非常に滑稽な愚鈍さで人々の嘲笑を買う傾向があります。なにはともあれ、進まん筆はここに置きます。皆様引き続きどうかご自愛ください。















































