「乙女」などという言葉を現代の文脈において使う特権が与えられた男性は言うまでもなく限られており、また私がその特権男性の範疇からは大いに逸脱していることはさらに言うまでもなく明白かと思います。
「乙女の祈り」というのは、先週日曜日のバレンタインデーに住人さんがキーボードで弾いてくださったの素敵なピアノ曲のことです。バレンタインデーというのは多くの乙女が祈る日でありますから、私はその方が織りなす美しい旋律に耳を傾けながらなんとこの日にふさわしい曲かと感激し、気持ち悪い顔をしてほくそ笑んでおりました。世の多くの乙女が、こういう気持ち悪い男性がそもそも存在しなくなることを祈っているかと思いますので、私が「乙女」という言葉を発したことに不快を感じた男女諸君にはこの場を借りてお詫びを申し上げたいと思います。
先週の日曜日はキーボードの演奏に耳を奪われただけでなく、別の住人さんが焼いてくださったパウンドケーキや、その他にも用意されたファッジ、紅茶に舌をも奪われた一日になりました。お菓子な…ではなくおかしな問題提起をするようですが、人に焼いてもらうパウンドケーキに、例えばポテトチップスの裏に書いてあるような楽しい説明が果たして必要なのか、それとも不要なのかを考えました。その起源や歴史、発祥地の原風景などを感じながらケーキを口に運ぶ方がよりおいしくいただけるという人もいれば、目の前のありのままのケーキを愛すること以外何も考えたくないという人もいることかと思います。そう考えると、某アニメ探偵が言う「真実はいつもひとつ」という主張はいつも通るとは限らないような気がしますし、真実はいつもひとつではないからこそパウンドケーキは美味しいのかもしれないとすら思います。(因みにですが、パウンドケーキ、ファッジ、紅茶というのはすべて非常に英国的な香りが漂うものであります。)
なにはともあれ、当該住人さんが焼いてくださったパウンドケーキについては私がくだらないことを言うよりも下の写真を見ていただく方が数段おいしさが伝わるかと思いますので、こちらをどうぞご覧ください。

詭弁を弄したようですが、「乙女の祈り」だけでなく素敵な曲をたくさん聴かせてくださった住人さんと、極上のパウンドケーキを焼いてくださった住人さんにはそれぞれこの場を借りて感謝申し上げます。楽しく聴き、そして美味しくいただきました。ありがとうございました。

































